2009年9月16日水曜日

行為よりも裡にひそむ能力を

カンチャンが悪さをして困っています。

昨日も本棚の本を手当たりしだい放り出して、

本の山を作って、その山を登っているではありませんか。

「カンチャン、本をそんなに出したらいけんよ!ちゃんと元に戻しんさい!」

と叱っても言うことをききません。

こんな時にすぐに大きな声で怒鳴るのがぼくの悪いところです。

おまけに床を踏みつけたり、机を叩いたりして大きな音を出します。

カンチャンは泣き出して

「おかあさーん、おかあさーん」と

母親のところに逃げて行きます。



野口晴哉先生は、潜在意識を利用して人を健康に導くというすごい人ですが、

子どもの教育や躾についても同じように潜在意識に働きかけることができる人のようです。

野口先生の「躾の時期」という書籍を読み、反省しました。

いたずらをする子どもは、親の関心をひくために、親が嫌がることをわざとやっているそうです。


そうすれば親がの関心が自分に集まるということを知っている智恵が子どもの中にある。

意識していなくても、無意識にでも働く智恵がある。その智恵を認めるのだ。

親の大事にしているものを壊したならば、叱られるのを覚悟でやっている。

その裏には行動力がある。

行動力というものはやっぱり必要だ。

理屈ばっかり言って何も出来ないのでは困る。

だからそういう機会にその行動力を認める。

いたずらをしたならば、そのいたずらの中にある機智を認める。

あるいはわがままをしたならば、その中に自主独住、

自分で自分の考えたようにやってゆこうとする、

そういう考え方が潜んでいることを認めるのである。

大事なものと知って投げつけたならば、

そこに決断がある。

親が甘いとタカを括っている洞察の明がある。

先見の明といってもよい。

どうせ叱られても、大したことないとタカを括っているものがあるかもしれない。

そういう中に子どもの頭の働きを見て、

その子供がそれを自覚すると、

その認めた方向に伸びる



だから子供が悪いいたずらをした時に、

悪い根性を認めると悪い根性が育ってしまう。

ずるい考えを認めるとずるい考えが育ってしまう。

だからそういうときに、

悪い心、ずるい心、卑怯な心、そういうものを観ないで、

その中に働く智恵とか、先を見る力とか、

自分の考えを貫き通そうとする力とか、

決断して行動する力とか、

そういうものを認めてゆくのが正しい。

そういうものだけがスッと見えるようになれば、

自然にそういうものを認めることができる。


しかし、子どものやった事は認めない。

やろうとしている心も認めない。

そういう心の動く前にある力を摑まえ出すことである。


その子供の行為の中にある、

行為を最初に起こす力を、

摑まえ出すことが大事である。

言葉で言わなくてもよい。

親がそう見ているだけで、

ラッポール的に自ずから感応が起こる。



子どもを育てるということを通して、

施術者としても成長できそうです。

子どもに感謝。


広島市西区の気功・整体院「吉原綜合治療院」
http://yoshihara.blogdehp.ne.jp/

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