2009年7月8日水曜日

インド


とてもショッキングな本です。

インドってどんなイメージがありますか?

カレー? (これが最初にくるのはどうか…)

ガンジー?

インド式数学?

ガンジス川?

シタール?

仏陀??

はまる人ははまるって聞くけど、行ってみたいとは思ったことがありません。

あまり詳しくは知らないインドの知られざる側面(変な言い回しですが)を垣間見た気がしました。

「不可触民 もうひとつのインド」(山際素男・著)

小学校のとき、手塚治虫の「ブッダ」を読んで「カースト制度」というものを知りました。

まさか、いまだにこのような制度が残っていようとは。

「制度としては」消えつつあるのだそうですが、カースト的差別意識はインド社会に根強くあるらしいのです。



そしてカースト外カーストとされる“不可触民”=現在は指定外カースト民と呼ばれる=は依然として社会の最下層を形成し、あらゆる分野で差別と貧困に苦しんでいる。インド人口の約四分の一、2億5千万もの人々が、3千年の昔に生まれたカースト制による差別意識に今もしんぎんしている。



ブラーミン(司祭、僧侶)、クシャトリア(王族、戦士)、バイシャ(商人)、シュードラ(農民、労働者)という四姓制度は、何千年もの間にインド社会を隈なく覆い、インド人の生活の中心的柱としてインド社会を支配してきた。


インド人の心の奥には、このカースト帰属意識はいぜんとして根深く息づいている。
なぜなら、ヒンズー教徒としての信条は、死後、来世の復活、即ち魂の再生、生前の業の報いとしてなんらかの形で――人間にか、ロバにか、昆虫にか、いざ知らず――再びこの世に送られてくるのであり、この人間としての再生を何度もくり返すことが最終的天国行きの切符の獲得に通ずるのであり、インド人が“魂”の存在を固く固く信ずる限り、それは疑いもなく“実在”する出来事なのである。


この再生のもっとも重要な概念は、人間の魂の「浄・不浄観」にあると。



インドという社会は、21世紀的超モダンな階層から、未開部族、農村の不可触民階層にいたる、その間千年以上のタイム・ラグを擁するウルトラ重層社会である。
われわれのもつ価値尺度など、その社会の何百分の一に通用するかどうかであろう。



著者がインドのあらゆるところで見聞きした不可触民の虐待の現実は、本当にこんなことが現代に起こっているのか?と耳を塞ぎたくなります。

ガンジーにも変えられなかった(変えなかった?)インド社会の複雑な、悲惨な現実に心を痛めることしかできません。

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