2009年7月3日金曜日

ミッサッワッ!ミッサッワッ!ミッサッワッ!


時間がたったので、書きます。

6月13日、プロレスリング「ノア」の社長兼トップレスラーの三沢光晴選手が試合中の事故でお亡くなりになりました。広島での試合だったそうです。

プロレス好きのぼくにとっては、かなりショッキングなニュースでした。

いまでこそ「プロレスはショー、八百長」であることは周知の事実ですが(プロレスファンはショー、八百長ではなくエンターテイメントだと主張する。どっちでも同じ)ぼくは高校生までは「すくなくとも猪木は真剣勝負だ」と信じていました(笑)

ぼくの中学時代はプロレス黄金期で、テレビでも毎週金曜日のゴールデンタイムに、アントニオ猪木率いる新日本プロレスの試合を放映していました。
一方、猪木のライバル、ジャイアント馬場の全日本プロレスは土曜日深夜の放映でした。

三沢光晴はこの全日本所属 の選手でした。
2代目タイガーマスクとして全日本マットで人気をはくし、エースのジャンボ鶴田が肝炎で引退後は全日本のエースとして活躍しました(この頃にはマスクは脱いでいます)
ジャイアント馬場の死後、新団体「ノア」を設立しました。

ぼくは全日本時代の三沢の試合を東京ドームで一度だけ観戦したことがあります。
その試合のあまりの完成度の高さに思わず「全日本すげえ!」とうなったのでした。

そうです、プロレスとは単に勝ち負けを競うものではなく(だって勝ち負けは最初から決まっているから)技をかける、技を受けるの攻防を「魅せる」芸術、パフォーマンス。
肉体で魅せるお芝居、芸能の世界。

だから絶対にリングで死んではいけないのです。

特に三沢選手は「技をうけるのがうまい」ことで知られる選手だっただけに。

プロレスで受け身がうまいというのは、いかにも本当にダメージがあるかのように正面から技を受けながらギリギリのところで衝撃を逃す技術があるということ。

つまりそのギリギリ具合を間違えると今回のような悲劇となるのです。

社長でもあり、エースでもあり、満身創痍でも興業をつづけるしかなかったことも不幸の原因だったのでしょう。

謹んでご冥福をお祈りします。

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